習志野空挺。 2017年7月第1空挺団の空挺館見学・その2

第1空挺団 空挺隊員達の熱い夏がやってきた! 〜習志野駐屯地夏祭りは空挺隊員達の出会いの場?〜

習志野空挺

今年は7月初旬から暑い日が続いています。。。 暑気に当たったのか、少し体調を崩してしまいました・・・ 昨日からなんとか暑さに少し慣れて元気が出てきました。 みなさんは体調を崩されないように。。。 6月から「無限友・SF戦記物語」の制作を進めていますが、Episode 1 では陸上自衛隊第1空挺団の名称をお借りしてメインの部隊として登場させています。 これは架空の作り話なので実際の第1空挺団とは設定の内容が違いますが、、、。 でも、本物の第1空挺団について少しでも知っておかなければ!! そこで、7月の前半でしたが、習志野駐屯地第1空挺団の広報室に空挺館の見学を申し込み、見学させて頂きました。 習志野駐屯地第1空挺団の門札 このページの目次 CLOSE• 習志野駐屯地第1空挺団・空挺館(旧御馬見所) 初っ端から、空挺館の建物全体の写真を取り忘れてしまいました。。。 苦笑 「空挺館(旧御馬見所)の概要」 明治44年 1911年 に東京目黒区駒場に所在した旧陸軍騎兵実施学校の学生終業式における臨幸のための建物として、また、 高官並びに外国貴賓接客用の施設として使用されていました。 大正5年 1916年 、旧陸軍騎兵実施学校の習志野への移転に伴い、 御馬見所も習志野へ移設されました。 現在では「空挺館」と名を改め、隊員の教育、伝統の継承などのため、空挺(落下傘部隊)に 関わる貴重な資料などを展示している資料館となっています。 原文ママ 格調高い建物ですね。 一階は第1空挺団に関わる展示品が、二階は明治天皇陛下、三笠宮殿下に関わる展示品や旧陸海軍の空挺部隊に関する資料が展示されています。 今年はは8月5日(土),6日(日)の2日間、習志野駐屯地の夏祭りが開催されますね。 13:00~17:00の間、空挺館を見学できるようですからお時間のある方は、是非見学されることをお勧めいたします。 で、私が見学させて頂いたときの写真 全てではありませんが をご紹介致します。 なお、このページ その1 では1階の展示、別ページ その2 では2階の展示品について掲載しました。 また、今回の見学に際しては広報室空挺館長Yさんから展示品のご説明を受けることができました。 第1空挺団の部隊章 第1空挺団の部隊章 空挺団本部、第1普通科大隊、第2普通科大隊、第3普通科大隊、特科大隊、通信中隊、施設中隊、後方支援隊、空挺教育隊などで部隊編成されていますが、部隊ごとに 全ての部隊ではないそうですが 上の画像のような戦闘服用の部隊章を作成しているそうです。 第1空挺団のロゴマーク 第1空挺団と言えばこのマークですが、これは制服用になります。 展示品の画像右下にドクロマークの部隊章がありますが、何故第1空挺団がドクロマークを使用しているのか、その理由が今回の見学で分かりました。 ドクロの由来は、別ページ その2 で触れたいと思います。 第1空挺団のPKO第9次イラク復興派遣での服装と車両模型 PKO United Nations Peacekeeping Operations 派遣、お疲れ様でした!! 第1空挺団の空挺傘 パラシュート さて、次は、、、 第1空挺団の空挺傘です。 60式空挺傘 かつて使用されていた60式空挺傘(ろくまるしきくうていさん)です。 降下速度は結構早いです。。。 空挺傘696MI 平成12年採用なので通称「12傘」です。 13式空挺傘 60式よりも操作性が向上した空挺傘696MI 12傘 と13式空挺傘の双方が現在使用されているそうです。 696MIは薄い茶色、13式は若干緑がかった色のパラシュートに見えます。 中型ヘリ・UH-1Hからの降下、空挺傘696MIの画像 第一空挺団装備の人形と以前使用されていた門札 自由降下のディスプレー オレンジ色のスーツは訓練生用だそうです。 高度1万メートル以上の降下では酸素マスク付けての自由降下です・・・。 自由降下装備のディスプレー 現行のヘルメットではなく、以前使用されていた飛行帽のような帽子を被っていました。 自由降下装備のディスプレー後ろ側 自由降下傘MC-4のミニチュア 自由降下徽章 自由降下課程を無事に終了すると、空挺徽章の上に青丸にフリーフォールのFFが入っている自由降下徽章が!! マネキン人形さんです。 足元のリュックサックは、装備、必需品を30Kgとか・・・全体の装備は最大で60Kg・・・!! 驚 89式小銃や弾薬もあるので、一般人だったら身動きに難儀しますよね・・・ で、敵地のど真ん中に無事に降下したとしても、重量物を抱えてそれからが大変ですよね!! あってはならない有事のとき、ご無事をお祈りいたします。 それから、訓練ではパラシュートの回収をその場でしなければならないとのことで、大変さがひしひしと伝わります。 落下傘装着体験場の説明 で、前後合わせて22Kgの落下傘装着体験をさせて頂きました。 落下傘装着体験 私、とても人にお見せできるような面構えではないので、「無限友」の風吹桜ちゃんの顔を借りています 笑 15Kgの主傘を背中に、7Kgの予備傘を腹の辺りに装着することで前後のバランスがなんとか取れる感じです。 それから、一階には自衛隊ご使用の小銃等の展示もありましたよ!! ショーケースにしっかりと鎖付きで収められています。 2階の展示については引き続き、2017年7月第1空挺団の空挺館見学・その2で引き続きご紹介致します。 2018年3月第1空挺団の空挺館見学・その3とその4を追加しました。 こちらのページでは、太平洋戦争開戦後の昭和17年2月に実施された日本陸軍初の空挺作戦 インドネシア・スマトラ島「バレンバン降下作戦」 に参加された中尾隊の小隊長、長谷部正義少尉殿 階級特進後中尉 のご縁戚の方とご一緒に訪問したときの記事になります。 ご縁戚の方のご暑意により長谷部正義中尉の写真も掲載しています。

次の

パラシュートで舞い降りる!空挺部隊とは?!

習志野空挺

概要 千葉県船橋市の習志野駐屯地に団本部を置く。 ごく大雑把に言えば降下などの空挺作戦を行う団である。 自衛隊の中でも特に厳しい選抜と非常にハードな訓練を受けねばならず、その質の高さは広く知られている。 志望資格は士で28歳以下、曹以上で36歳以下で、そのうち身長161cm以上などの体格制限と身体能力の検査をクリアした者が基礎訓練と5回の降下を経由して(新隊員から志願する場合は後期教育がその前にある)隊員となる。 以下の逸話・事案のおかげで「 第一狂ってる団」という通称が生まれている。 2階から飛び降りれば5000円やると言われて 3階から飛び降り無傷で着地。 長距離走の際にを担いで、を持つ一般隊員を笑顔で追い越す。 もしくは、無反動砲を持ったまま追い掛け回す。 空挺降下の際にナイフで誤って脚を傷付けてしまうが、包帯を巻いただけの処置で訓練を完了。 尻でを破壊。 とある戦車部隊が第1空挺団と対抗演習をした際、空挺団員がを最低射程距離ギリギリでを浮かべながら相手側にぶっ放す。 北海道の某駐屯地において高体連出場者を含む前期教育隊の一個区隊が持久走訓練の実施中、同空挺団の出身者だった運用訓練幹部が訓練に参加、数分遅れのスタートにもかかわらず高体連出場者の先頭集団に追い付き、その後数回教育隊を追い越し、汗もかかずそのまま業務に復帰。 なお、その幹部はに転属した模様である。 居酒屋の二階部分 座敷タイプ で宴会をやっていた時のこと。 時間が来たので解散すると思ったら、 窓からダイブ。 さらに2015年2月11月、北海道河東郡鹿追町の民間牧場内で行われていた 高度340mからの降下訓練で、。 しかし 怪我もなくそのまま訓練を続行。 当時膝までの積雪はあったものの、一般人であれば死亡するレベルである。 なお、パラシュートの開傘不全による事故は平成初期にも頻繁に起こっており、大腿骨、ろっ骨などを複雑骨折し、全治3か月と言われながらも一週間で現場復帰した隊員もいたという。 余談であるが、漫画『 シリーズ』の作者である先生は、に在籍時代に約5年間この部隊に所属しており、その様子は自伝漫画『 我が青春の陸上自衛隊』でも語られている。 有名人でもこの部隊の出身者は意外に多く、地元のが避けて通る、ヤの付く方々・過激派・習志野駐屯地、と地元警察()地図では実力のある勢力(堅気扱いされていない)として行動エリア(縄張り)が認識されているとか、 流石に今では禁止されているが、かつてはヤクザ狩りを趣味として勝利の印に金バッジをコレクションしていた者もいたとか、 前述のエピソードにある「飛び道具を使うときには確実に当てられる距離まで詰めてから 相手の目を見てぶっ放すのがセオリー」は、代々空挺団に伝わる家訓のようなもので、同団の助教が語っていた……らしい。 など、異常な都市伝説が語られやすい土壌であるとも思われ、枚挙にいとまがない。 第1空挺団所属(出身)の設定があるフィクションのキャラクター• () 外部リンク 関連タグ 関連記事 親記事.

次の

第1空挺団 (陸上自衛隊)

習志野空挺

降下訓練塔 習志野駐屯地のは、は直轄の牧場の一部で大和田原と呼ばれていた。 (5年)にが錬兵場を設置し、翌(明治6年)4月にこの地で行われた陸軍の大演習にが臨まれた際に、その志に習うということから、この辺り一帯を広く習志野と呼んだことに由来し、隣接するの一部は船橋市習志野という地名になっている。 陸上自衛隊の中でもが盛んな駐屯地として知られる。 は、第1空挺団長が兼任する。 近隣に習志野演習場があり、駐屯部隊の各種訓練に使用されている。 空挺降下の訓練に使われる高さ80mの降下訓練塔は、海空の操縦訓練生のパラシュート訓練にも使われる。 敷地には、隣接しての 習志野分屯基地(ならしのぶんとんきち、JASDF Narashino Vise-Base)があり、部隊である第1高射隊が駐屯している。 近接する習志野演習場の一角には、第1高射隊のミサイル発射場地区がある。 所在地等について [ ] 所在地は薬円台三丁目20番1号。 敷地はにまたがっているが、とは市境を接するだけである。 「 習志野駐屯地」という名称ではあるが、所在地は船橋市であり、には所在していない。 これは習志野演習場も同様である 習志野演習場の南端がちょうど船橋市と習志野市の境界に当たる。 これは「習志野」という地名を巡る歴史的経緯が影響している。 習志野駐屯地正門 帝国陸軍• (明治5年):陸軍錬兵場を設置。 (大正5年)12月:陸軍騎兵実施学校がから移駐。 (大正6年):に改称。 警察予備隊• (昭和26年)• 5月1日:第1管区隊編成に伴い、第1通信中隊が習志野駐屯地で新編。 6月3日:警察予備隊総監部分室が閉鎖され習志野に分室開設。 7月29日:習志野営舎新設。 8月7日:第1管区総監部がから移駐。 11月19日:特科学校が開校。 12月15日:第1管区総監部がに移駐。 保安隊• (昭和27年)10月15日:警察予備隊がに改編。 陸上自衛隊• (昭和29年)• 7月1日:陸上自衛隊へ移管• 8月20日:特科学校がに統合され廃止。 が設置。 10月10日:がから移駐。 (昭和30年)• 4月5日:臨時空挺練習隊が・から移駐。 8月31日:空挺教育隊が編成完結。 12月7日:高射学校がに移駐。 (昭和31年)• 1月15日:第107特科大隊がへ移駐。 1月25日:空挺教育隊隷下に第101空挺大隊を編成。 (昭和33年)• 5月8日:250フィート降下訓練塔が竣工。 6月25日:第1空挺団が編成完結。 第101空挺大隊を廃止。 (昭和37年)• 1月18日:が編成完結。 1月20日:第1戦車大隊がに移駐。 11月26日:第31普通科連隊がに移駐。 (昭和38年)• 1月17日:を装備した陸上自衛隊第101高射大隊第2中隊がにおいて編成。 5月:第101高射大隊第2中隊が習志野駐屯地から武山駐屯地へ移駐。 (昭和39年)4月1日:ナイキシステムを陸上自衛隊から航空自衛隊に移管し、第101高射大隊がに改編。 本部はに移転、第1高射隊が創設。 (昭和48年)• 3月8日:空挺戦車小隊を空挺装甲輸送隊に改編。 3月27日:第112地区が編成完結。 (平成16年)3月29日:防衛庁長官直轄部隊として特殊作戦群が編成完結。 (平成19年)• 3月28日:第1空挺団及び特殊作戦群が中央即応集団隷下に編成替え。 11月29日:航空自衛隊第1高射隊に配備。 (平成20年):第112地区警務隊を第127地区警務隊に改編。 (平成30年):中央即応集団廃止に伴い第1空挺団・特殊作戦群が隷下に隷属替え。 駐屯部隊(習志野駐屯地) [ ] 陸上総隊隷下部隊 [ ]• 東部方面隊隷下部隊 [ ]• 第105基地システム通信大隊• 第320基地通信中隊• 習志野派遣隊• 第316会計隊• 習志野 防衛大臣直轄部隊 [ ]• 警務隊• 第127地区警務隊 配置部隊(習志野分屯基地) [ ] 中部航空方面隊隷下部隊 [ ]• 第1高射隊 最寄の幹線交通 [ ]• : 、 、 、谷津船橋インターチェンジ谷津船橋IC• :、、、、、、、、、• :()、()• :()、、(その他の飛行場) 重要施設 [ ]• 政府・行政関連• 国土交通省関東地方整備局関東技術事務所()• 電力関連• () - 出力288. 0万kW、LNG。 () - 出力万188. 6kW、石油・LNG。 () - 出力360. 0万kW、LNG。 (市原市) - 出力360. 0万kW、LNG・LPG・石油。 () - 出力504万kW、LNG。 世界最大級の火力発電所• 新京葉変電所(船橋市) - 超高圧。 房総変電所(市原市) - 五井火力発電所や君津共同火力発電所の送電線を収容する超高圧変電所。 首都圏電力供給の要。 新野田変電所() - 日本最大出力、最大規模の超高圧変電所。 新佐原変電所() - 超高圧変電所。 新木更津変電所() - 超高圧変電所。 高柳開閉所(柏市) - 開閉所。 高柳開閉所事務所兼東京電力東葛支社東葛制御所。 ガス関連• 袖ケ浦LNG基地(袖ケ浦市)- 世界最大のLNG基地。 千葉製油所(市原市) - 原油処理能力は日量22. 袖ヶ浦製油所(袖ケ浦市) - 原油処理能力は日量19. 2万バレル。 千葉製油所(市原市) - 原油処理能力は日量17. 5万バレル。 千葉製油所・同(市原市) - 原油処理能力は日量24. 0万バレル。 貯蔵容量は約265. 7万kl。 水道関連• 北総() - 水道局応急給水拠点• 柏井浄水所() - 水道局応急給水拠点• 福増浄水所() - 水道局応急給水拠点• 栗山浄水場() - 水道局応急給水拠点• 沼南() - 水道局応急給水拠点• 松戸給水場() - 水道局応急給水拠点• 船橋給水場() - 水道局応急給水拠点• 北船橋給水場() - 水道局応急給水拠点• 妙典給水場() - 水道局応急給水拠点• 成田給水場() - 水道局応急給水拠点• 幕張給水場() - 水道局応急給水拠点• 園生給水場() - 水道局応急給水拠点• 誉田給水場() - 水道局応急給水拠点• 鉄鋼関連• () - 年間粗鋼生産量は約1000万トン(国内第2位)。 通信・航法関連• 銚子()• 常世田無線基地局()• 君津衛星管制センター(君津市)• 御宿航空無線標識所()・館山航空無線標識所・木更津航空無線標識所• 自衛隊関連• 電子装備研究所飯岡支所()• 市原送信所(市原市)• 飯岡受信所(旭市)• (松戸市) - 首都圏防空の一翼• 柏送信所(柏市) イベント情報 [ ] 駐屯地の一般公開は陸上自衛隊と航空自衛隊の合同で開催されており、「陸上自衛隊習志野駐屯地創立記念行事」と「航空自衛隊習志野分屯基地開庁記念行事」は毎年同日に行われている。 桜祭り [ ] 毎年4月第1週(第2週の場合もあり)の土曜、または日曜に行われる。 納涼夏祭り [ ] 毎年の第1土曜日から2日間開催される恒例のである。 周辺の広場を中心に側・側の多くの屋台が出され、近隣の住民が多く集ってくる。 自衛隊車両の体験試乗や落下傘体験、落下傘訓練塔を囲んでのが行われる他、1日目にはも打ち上げられる。 花火開催日は周辺の路上や街区で見物をする人もいる。 脚注 [ ] [].

次の